つまようじボーイの憂鬱

さて

ここ数日社会を騒がせた、つまようじボーイこと、narukami793がついに逮捕されました。
昨夜のニュースで取り上げられていましたが、YouTuberに憧れ、動画のアクセス数を稼ぎたいがために、徐々に行動がエスカレートして行く様が紹介されていました。

飽くなき承認欲求の果てに

このニュースを見て思ったのは、この少年は非常に強い承認欲求を持っていて、それを自分でコントロールしきれなかったんだろうなと言うことです。

承認欲求は承認されたい対象によって、おおむね2つのタイプに大別される。ひとつは他人から認められたいという欲求であり、もうひとつは自分の存在が理想とする自己像と重なるか、あるいはもっと単純に今の自分に満足しているか、という基準で自分自身を判断することである。前者を他者承認と呼び、後者を自己承認と呼ぶ。
Wikipedia: 承認欲求より

本来は、承認欲求と言うものは身近な人々、例えば親兄弟、友人、恋人、学生であれば教師、社会人であれば上司などによって満たされるべきものなのだと思います。
邪推するに、この少年は家庭や学校で承認欲求を満たすことが出来ないままに成長してきてしまったのではないでしょうか?満たされない承認欲求をネットの世界に求めた結果、YouTubeでの動画再生回数を稼ぐことに執着してしまったのではないか?。

「嫌われる勇気」を持て

昨年度、ベストセラーになった書籍、「嫌われる勇気」でアドラー心理学を紹介した、岸見一郎氏の対談記事から、こんな話がありました。

古賀 これが承認欲求のむずかしいところですよね。他者から認められれば、自分の価値を実感できる。でも、他者から認められるためには自由なふるまいを制限される。それどころか、常に他者の顔色を窺いながら生きていくことになる。

岸見 ですから、アドラー心理学では承認欲求を否定します。他者から承認される必要などない。たとえ自分に欠点があったとしても、その欠点ごと受け入れる「自己受容」が大切であり、自己受容さえできていれば承認は要らなくなるのです。

つまようじボーイに必要だったのは、承認欲求を捨て、「自己受容」をすることだったのではないでしょうか。 「自己肯定」ではなく「自己受容」であるところがミソです。

再び、岸見一郎氏の発言から。

岸見 自己肯定は、できもしないことでも暗示をかけて、「自分はできる」と言い聞かせることです。一方の自己受容は、「できない自分」をも受け入れること。アドラー心理学では、自己肯定を否定して、自己受容しながら前に進むことを推奨しています。

出来ない自分をも受け入れること、それが「自己受容」であるとのこと。
あれ?どこかで聞いたことがありませんか?

ありのままの自分になるの♬


『アナと雪の女王 MovieNEX』レット・イット・ゴー ~ありのままで~/エルサ(松た ...

昨年大ヒットになった映画「アナと雪の女王」ですが、その主題歌「Let it go」にはこんな一節が。

とまどい 傷つき
誰にも 打ち明けずに 悩んでた
それももう やめよう

ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの

・・・

これでいいの 自分を好きになって
これでいいの 自分信じて

ありのままの自分になり、ありのままの自分を好きになる。これぞ、まさにアドラーの言う「自己受容」そのものではないか!

まとめ

「嫌われる勇気」がベストセラーになったことと言い、「アナと雪の女王」が大ヒットしたことと言い、2014年は承認欲求に悩まされた人々が救済された年だったのかも知れません。

承認欲求に潰されたつまようじボーイよ、「アナと雪の女王」を見るべし。

では


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

レット・イット・ゴー

レット・イット・ゴー