「I AM KENJI」運動に感じた個人的違和感

さて

謎の人物湯川遥菜氏とジャーナリストの後藤健二氏の殺害予告の動画がISISによって公開されてから、関心を持ってニュースを見ていた。
その中で感じたことをそこはかとなく書き付くるとしようか。

I AM KENJI運動への違和感

湯川氏と後藤氏の殺害予告動画が公開されて暫くしてから、FacebookTwitterなどのソーシャルメディアで、「I AM KENJI」とのメッセージを掲げた写真を投稿するのが流行したようだ。

「I AM KENJI」、大きなうねりに : IT&メディア : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

ジャーナリストの後藤健二さん(47)の解放を願い、「I AM KENJI」とのメッセージを掲げた写真をフェイスブックツイッターに投稿する動きが広がりを見せている。

「ようだ」と言うのは、自分もFacebookTwitterをそこそこ活用していると自負しているが、自分のタイムライン上では、少なくとも一度もこの投稿を目にしたことはない。
よって、この運動については自分は一般ニュースメディアで報じられ始めた26日頃に知った。湯川氏が殺害されたことを伝える動画が公開されたのが24日の夜だったから、残った後藤氏だけでもなんとかして救いたいと言う熱意の運動なのかなと思っていたのだけど、

運動に黙殺された湯川氏

よくよく調べてみたら、

難民支援に関する番組制作で後藤さんと知り合った西前さんは拘束を知り、20日にフェイスブックに専用ページを開設。「KENJIの無事を願う人は自らの思いを表してほしい」と投稿を求めた。

「I AM KENJI」運動のスタートは、まだ湯川氏が生きていた(少なくとも死亡が確定していなかった)1月20日からとのこと。後藤氏と個人的に親交のあった人物が始めたのだから、仕方がないのかも知れないけれども、湯川氏を無視するかのような動きはいかがなものなのかなと思った。

一応時系列を再確認

  • 2015年1月20日 湯川氏と後藤氏の殺害予告動画公開
  • 2015年1月20日 「I AM KENJI」Facebookページ公開
  • 2015年1月24日 湯川氏殺害動画公開

後藤氏は、ISISに捕らえられた湯川氏を救うためにシリアへ入国したとのことだし、湯川氏に至ってはシリア入りの動機が意味不明だから、当初から後藤氏に同情が集まる素地があったとは言え、何となく釈然としないものを感じる。

「WE ARE KENJI AND HARUNA

1977年の、ダッカ日航機ハイジャック事件で犯人側の人質解放の条件を飲み、身代金の支払いおよび、超法規的措置として6人の刑事被告人や囚人の引き渡しを行った、時の総理福田赳夫氏はこう言った。

「人命は地球より重い」

地球よりも重いヒトの命に軽重があるべきだろうか?
「I AM KENJI」ではなく、「WE ARE KENJI AND HARUNA」でも良かったのではないか。
湯川氏が殺害されてしまった今となっては、もはや手遅れではあるが、自分はこのように感じたのだった。

最後になるが、後藤氏が無事に解放されることを祈念している。

では


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