読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Noblesse Oblige 2nd by iGCN

湘南生まれ湘南育ちだけどサーファーではありません。しぞーかじん歴4年。最近アラがとれたアラフォーのおっさんです。サザンオールスターズと加山雄三が好きです。でも横山剣さんの方がもっと好きです。

「眠れる美女」川端康成

映画

さて

先日「マレフィセント」を酷評する記事を書いた。「マレフィセント」は「眠れる森の美女」を下敷きにした映画だったが、今日は川端康成の小説「眠れる美女」について語るとしよう。

眠れる美女 (新潮文庫)

眠れる美女 (新潮文庫)

この本を初めて読んだのはおそらく高校生の頃。実家の本棚に何気なく置いてったのを手に取って読んだのであった。川端康成は謂わずと知れた日本人初のノーベル文学賞受賞者であり、私が敬愛する作家三島由紀夫が師と仰いでいた作家である。

多くのひとが「雪国」や「伊豆の踊子」を読んで、「川端康成」のイメージを形成しているのであろう。私は残念ながらか幸運か、これらの作品をいまだに読んでいない。 初めて読んだ川端作品、そしてゆいいつ読んだ川端作品がこの「眠れる美女」なのである。

たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指をいれようとなさったりすることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。

と言ういささか扇情的な科白から始まる本作。

もう男でなくなってしまった老人たちが訪れて睡眠薬で眠らせられたきむすめと添い寝をする、「眠れる美女の家」が舞台である。老人たちは若いきむすめに触れることで豊饒なる生命に触れ、自分の惨めさに涙するのである。

主人公の江口老人は、友人より紹介されて「眠れる美女の家」を訪れるのであるが、友人の予想に反して実はまだ「男でなくなって」はいない。

そんな江口老人が、6人の娘たちと添い寝をしながら過去に交わりのあった女たちとの思い出を想起すると言うストーリー構成である。男と女、性の悲しい悦びを描いている。

チェリーボーイの高校生が読むような本では断じてなく、こんなのを読んでいた僕は立派な文学的不良少年だったのだろうか。

しかし、今この年になって読み返すと、また違った感慨を覚える。

3-40年後にまた読み返すとさらに身に沁みるものがあるのだろう。

折りに触れて読み返すべき作品の一つ。

三島由紀夫による巻末解説より

『眠れる美女』は、形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である。デカダン気取りの大正文学など遠く及ばぬ真の頽廃がこの作品には横溢している。(中略)六人とも眠っていて物も言わないのであるから、さまざまな寝癖や寝言のほかは、肉体描写しか残されていないわけである。その執拗綿密な、ネクロフィリー的肉体描写は、およそ言語による観念的淫蕩の極致と云ってよい。

そんな「眠れる美女」はドイツ人監督によって映画化され2007年に日本でも公開された。後にDVD化されたものを観たが、特別取り上げるほどの作品ではない。観る価値無し。

では


眠れる美女 [DVD]

眠れる美女 [DVD]