映画「フォックスキャッチャー」を観たon Blu-ray
さて
今月は映画鑑賞強化月間。宇多丸さんも絶賛していた映画「フォックスキャッチャー」を今更ながら観賞したのでそれについて語るとしよう。2015年日本公開、監督:ベネット・ミラー、出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロら。
あらすじは
デイヴ・シュルツとマーク・シュルツ兄弟は1984年のロス五輪のレスリング競技の金メダリストだった。二人はソウル五輪へ向けてのトレーニングに取り組んでいたが、ある日弟のマークは大富豪のジョン・E・デュポン氏から彼が率いるチームに加わるよう要請される。
デュポン家の広大な屋敷内に練習場や宿舎を与えられたマークは若手の選手を呼び集めトレーニングを開始する。良好な交友関係を築いていく二人だっが、レスリングに関しては素人同然のデュポン氏がトレーニングや試合に関して何かと介入してくることに対してマークの鬱憤が蓄積して行く。二人の崩壊寸前の関係に兄デイヴも巻き込まれ、やがて・・・。
というお話だ。
以下、ネタバレも含む感想。
傑作の予感
自分は今までに映画はそこそこ観てきた方だと思うのだけど、2ー3年に1本くらい、見始めてすぐに「あぁ、これは凄い映画だ、凄い映画をオレは今から観ようとしているんだ」と感じさせる作品に出会う事がある。近年で言えば、「ゴーン・ガール」がそうだったし、かつて「羊達の沈黙」を初めてみた時も同じように感じた。そして本作「フォックスキャッチャー」も映画が始ってものの数分で自分は画面に引き込まれてしまった*1。
映画の冒頭は登場人物たちの関係性を紹介する特に重要なパートになるが、本作では 冒頭の10分間の描写が特に素晴らしい。ほんの10分間の間にデイヴとマークが兄弟で五輪の金メダリストである事、兄は社交的で明るく人気者だが弟はネクラ気味で鬱屈とした生活を送っている事、二人はレスリング競技を通じて硬い絆で結ばれあっているが弟は兄に対してコンプレックスを抱いている事などが極めて自然に描かれる。脚本が素晴らしいのだろう。そして、これは傑作に違いないという予感を感じさせる幕開けだった。
レスリング選手を完全に演じた主演のふたり
主演の二人、弟マークを演じたチャニング・テイタムと兄デイヴを演じたマーク・ラファロはそれぞれ肉体改造してレスリング選手らしい体型を作り上げている。特にマーク・ラファロの演技が素晴らしく、歩き方から身のこなし方から本物のレスリング選手にしか見えない(実物をみた事はないけど、きっと本物の選手はこんなだろうなと感じさせる動きだ)。
マーク・ラファロは髭と少し頭頂部の禿げた特殊メイク(?)のせいで誰だか最後まで気付かなかったのだが、マーベル映画で超人ハルクを演じている役者さんだという事に後から調べて気付いた。何度か映画で見ている人だったのに全く分からなかった。逆に言えば、それだけ役にハマりきっていたので気付かなかったとも言える。
ちなみにマーク・ラファロは本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされた(受賞はならず)。
スティーブ・カレルの凄み
「40歳の童貞男」のスティーブ・カレル。同一人物とは思えない
だが兄弟を演じた二人よりもさらに凄みのある演技を魅せたのが主演のスティーブ・カレルだ。スティーブ・カレルは俺の中では「40歳の童貞男」として知られるコメディ俳優であり、先日観た「ゲット スマート」でも抱腹絶倒させてもらったばかり。
そのコメディ畑出身のスティーブ・カレルがシリアスな映画で大富豪の役を演じるという事自体驚きなのだが、映画を観てみればその名演技に彼がコメディアンであった事すら忘れてしまう。実在のデュポン氏に外見を似せるために特殊メイクをしているのだが、事前にスティーブ・カレルだと知らずに見始めたらおそらく彼と気付かなかっただろう*2。
ジョン・E・デュポン氏(スティーブ・カレル)が初めて画面に登場するのは、屋敷に招かれたマーク・シュルツと面会するシーン。その時点から少し奇異な印象を与えるのだが、マーク・シュルツが感じたであろうと同様に「孤独な金持ちはこういう風なんだろう」と一旦は受け止める。しかし、二人が交友を深めて行くにつれてだんだんとデュポン氏の異常性が際立ってくる。マークが感じたであろう違和感の高まりを我々観客も共有していくのだ。
特に自分が凄みを感じたのは、デュポン氏がマークと共にデイヴ一家のもとを訪れるシーン。デイヴの妻と子供を見る時のデュポン氏の目つきが印象的だった。それは三流階級の貧民を見下している目というわけではなくて、むしろ全く感情のこもっていない、精神が死んだ人間のような目つきで見ているのだ。
最高にホラーです
自分はこの映画、ホラー映画だと思って観ていた。すべてのシーン、特にスティーブ・カレルが登場するシーンがいちいち怖くて仕方なかった。
例えばこちらのシーンは、デュポン氏が率いるフォックスキャッチャーチームのメンバーが大会で優秀な成績を収め、屋敷で祝勝会をするシーンなのだが、金を払ってもらっている恩義は感じているのかも知れないが心の中ではデュポン氏への敬意の欠片も持ち合わせてはいない選手達と、その選手達に囃し立てられてガッツポーズをして見せるものの目が全く笑っていないデュポン氏の対比が恐ろしすぎて背筋が凍った。
また別のシーンでは、マークに心を開いて涙ながらに子供の頃の思い出を聞かせるデュポン氏。曰く、子供の頃親友と呼べる友達が1人だけいたが、その子供に母親が金を渡しているのを見てしまった、友情すら金で買い与えられていたのだと。そして次のシーン。自身が主催したレスリング大会にデュポン氏が出場、優勝を飾る。健闘を讃えてデュポン氏を抱きしめるマークの視線の先では、デュポン氏の運転手が対戦相手に金を渡しているのだ・・・
これ以上にホラーな話があるだろうか。
デュポン氏は精神異常だったのか
デュポン氏とデイヴ・シュルツ(左が映画/右が本人)
映画「フォックスキャッチャー」は実話に基づく作品である。実際のジョン・E・デュポン氏は、Wikipediaの記載を読むと強迫観念症的な統合失調症を患っていたとある。実際がどうだったかは今となっては分からない。殺人事件の裁判で優秀な弁護士・従順な鑑定医をつけて精神病という事にしたとも考えられるし。
ただ、本作をそういう目で見てしまうとあまり面白くない気がする。人が人を殺すにはそれ相応の理由があるわけで、本作ではデュポン氏がデイヴ・シュルツを殺さずにはいられなかっただけの理由は提示されている(かといってデイヴ・シュルツ氏が悪かったわけでは全くないのだが)。
さいごに
こんな凄まじい映画を劇場に観に行かず、DVDスルーしてしまった事を激しく後悔しているが、いずれにせよ観られて良かった。
心にグサッと刺さる傑作。
95/100点
では
*1:挙げた作品からは単にサイコスリラーものが好きなんじゃないかという意見もある
*2:http://montrealgazette.com/entertainment/celebrity/oscar-looks-likely-for-foxcatchers-makeup-wizardry