理系男子()が水素水のエビデンスをPubMedで検索してみた
さて
敢えてリンクは貼らないけど、文系女子を騙る人物が水素水について書いたブログ記事が炎上した。その後の様子を見る限り、狙って炎上させているようにしか自分には見えなかった。詳しい経緯は昨日のブログに書いたので御一読を。
その後理系男子のつちだ (id:cloudsalon) さんが、水素水について検証記事を書かれた。
http://www.cloudsalon.net/entry/firehydro20160307www.cloudsalon.net
つちださんは主に、水素水生成器を販売しているパナソニックのサイトを中心に調査をした結果、
理系男子もお手上げなのでパナソニックに問い合わせてください(涙)
水素水について文系女子に代わって理系男子が調べた - 札幌訪問型鍼灸治療院つちだ
という結論に到達した模様。
水素水の事なんかこれッぱかしも興味はないのだけど、一応自分も理系男子()なので、水素水の効果についてのエビデンスがあるのかどうかをPubMedで調べてみたので結果を報告する。
先に結論を書いておくと、
水素水は真面目な医学研究の対象であり、飲用による一定の効果が認められているが、巷で売っている水素水()については水素濃度が低い(もしくは不明)ため効果は期待できそうにない。
です。
ここで満足した方は別に続きは読まなくても良いです。
ちなみにPubMedとは
PubMed(パブメド)は、アメリカ国立医学図書館の国立生物工学情報センター(NCBI)が運営する医学・生物学分野の学術文献検索サービス。
です。
医学・生物学系の論文を検索する時はまずはPubMedを使うのが常道(Google Scholarが好きな人もいるだろうけど)。
PubMedで論文を検索するのにもある程度のテクニックがいるのであるが、そこは永年の経験に物を言わせて最適な検索式を使うのである。
PubMedで水素水を検索してみる
ちなみに水素水は英語で"hydrogen-rich water"と言う。
hydrogen-rich waterで検索
107件の論文がヒット。多すぎて読む気にならない。
Oral hydrogen-rich waterで検索
巷で噂されている水素水()は口から飲むのが基本と思われるので、「経口」を意味する"Oral"を検索式に追加。
16件の論文がヒット。まだ多いし、よくよく見るとratの研究論文が混じっている。今は動物実験の話は置いておこう。
Oral hydrogen-rich water x Humansで検索
動物実験のデータを除くために、Humans(ヒト)に関する論文のみを検索するようにフィルターをかけた。
4件の論文がヒット。しかし、これまたよくよく見ると3番目の論文はratの研究だ。残る3本の論文について精査する事にする。参考までに各雑誌のimpact factorも紹介している。
Hydrogen-rich water affected blood alkalinity in physically active men.
Ostojic SM1, Stojanovic MD.
Res Sports Med. 2014;22(1):49-60. doi: 10.1080/15438627.2013.852092.
Impact Factor: 1.704
「水素水は肉体的に活動的なヒトの血液アルカリ度に影響を及ぼす」
Abstractのみ読んだ。
52名の健康被験者を26名ずつhydrogen-rich water(以下HRWとする)を飲む群と水道水を飲む群に分け、2週間にわたり毎日2Lずつ飲ませたところ、HRWを飲んだ群において有意に空腹時および運動後の血液のpHが上昇していた。またHRW群では試験終了時に有意に動脈血中の重炭酸イオン(HCO3-)濃度が上昇していた。
Effect of Hydrogen-Rich Water on Oxidative Stress, Liver Function, and Viral Load in Patients with Chronic Hepatitis B
Xia C, Liu W, Zeng D, Zhu L, Sun X, Sun X.
Clin Transl Sci. 2013 Oct;6(5):372-5. doi: 10.1111/cts.12076.
Impact Factor: 2.11
「慢性B型肝炎患者における酸化ストレス、肝機能、ウイルス量に対する水素水の効果」
慢性B型肝炎患者を対象にした研究。研究手法は前の研究とほぼ同じで対象患者をHRW群とただの水群にわけて、1日1.2-1.8Lの水を6週間飲ませている。両群ともに通常の慢性B型肝炎に対する治療を受けている。
6週後の検査では、HRW群で有意に酸化ストレスが改善していた(SOD*1, GST, MDA, XOD値の改善)。肝機能やHBV-DNAレベルは両群ともに改善しており群間に有意差はなし。
この論文にはHRWの生成法と濃度についての記載があったので引用すると、
Hydrogen-rich water was produced by placing a metallic magnesium stick into drinking water (Mg + 2H 2 O → Mg(OH) 2 + H 2 ); final hydrogen concentration: 0.55 ∼ 0.65 mM).
とある。mM単位をmg/Lに換算すると、1.1-1.3mg/Lとなる(この値は後に重要となる)。
Supplementation of hydrogen-rich water improves lipid and glucose metabolism in patients with type 2 diabetes or impaired glucose tolerance.
Kajiyama S, Hasegawa G, Asano M, Hosoda H, Fukui M, Nakamura N, Kitawaki J, Imai S, Nakano K, Ohta M, Adachi T, Obayashi H, Yoshikawa T.
Nutr Res. 2008 Mar;28(3):137-43. doi: 10.1016/j.nutres.2008.01.008.
Impact Factor: 2.472
「水素水投与は2型糖尿病もしくは耐糖能異常患者における脂質および糖質の代謝を改善する」
京都府立医大のグループによる論文。ラストオーサーの吉川敏一氏は京都府立医大の学長。
2型糖尿病患者30名と、耐糖能異常の6名を対象とした研究。1日900mLのHRWまたはプラセボ純水を8週間にわたり飲用。研究デザインはrandomized, double-blind, placebo-controlled, crossover studyである。簡単に言うとエビデンスレベルは高い。
結果としては、HRWの飲用によってLDLコレステロール値が有意に低下、耐糖能異常患者6名中4名において経口ブドウ糖負荷試験の結果が正常化した。SOD値も改善を見た。
2型糖尿病患者を対象に脂質代謝のデータをとるのはちょっと意味が分からないのと、2型糖尿病患者の糖質代謝については言及がなくてちょっとよく分からない論文。
この論文にもHRWの生成法と濃度についての記載があったので引用すると、
The test water was then produced by dissolving hydrogen gas directly into the pure water.
The hydrogen-rich pure water had the following physical properties: pH 6.7 ± 0.1, low electric conductivity (0.9 ± 0.2 μS/cm), high dissolved hydrogen (1.2 ± 0.1 mg/L), low dissolved oxygen (0.8 ± 0.2 mg/L), and an extremely negative redox potential (−600 ± 20 mV).
純水に水素ガスを溶解しているとのこと。水素濃度としては、1.2 ± 0.1 mg/Lで先の試験と同程度の濃度。
3本の論文のまとめ
3本の論文で語られた水素水のエビデンスをまとめると、
水素水(濃度1.2 mg/L前後)の経口摂取により抗酸化作用はありそう。だが、糖尿病にも慢性B型肝炎にも効果はない。
となる。
panasonicの還元水素水生成器
次いで、前述のつちだ氏も調査対象として取り上げていたパナソニックの還元水素水生成器について調べてみた。
ボタンひとつで8段階の水を選んで作れるのが売りらしい。
還元水素水生成器 TK-HS90 | 商品一覧 | 浄水器・還元水素水生成器・アルカリイオン整水器 | Panasonicより
飲用に適しているのは還元水素水レベル1−3とのこと。還元水素水強1−2になると直接飲用しないようにとの注意書きがある。
では、実際に「還元水素水」に含まれる水素濃度はいかほどなのだろうか?
答えは「よくあるご質問」のコーナーに巧妙に隠されていた。
生成されたアルカリイオン水に含まれる水素量はどれくらいですか?
アルカリイオン整水器の機種や原水の水質、水温、流量、電気分解条件により大きく異なるため、明確な数値を回答することができませんが、当社の水道水での生成直後では、以下のような値になることを確認してますので、ご参考にしてください。
●アルカリ強、強1、強2(pH10~10.5):0.3~1.3mg/L
●アルカリ3(pH9.5):0.1~0.5mg/L
●アルカリ2(pH9.0):0.05~0.2mg/L
●アルカリ1(pH8.5):0.02~0.1mg/Lエラーより
ここでは、「アルカリイオン水」と言う文言を用いているが、これは還元水素水と同義である事が別のページ*2で述べられている。
すなわち、飲用できる範囲だと最大でも0.5 mg/Lの水素濃度しか期待できないと言う事になる。
先ほど紹介した研究論文で用いられた水素水の濃度の半分以下である。
濃度が半分なら効果も半分期待できるかと言うとそう単純な話ではなく、自分の調べえた範囲内では0.5 mg/Lの水素水の効果についてのエビデンスは発見できていない。
結論
水素水は真面目な医学研究の対象であり、飲用による一定の効果が認められているが、巷で売っている水素水()については水素濃度が低い(もしくは不明)ため効果は期待できそうにない。
怪しいものを単に怪しいと言う理由で退けるのは簡単だけど、タブラ・ラサに検証してみるのもたまには良いものです(めっちゃ疲れるけど)。
では