第93回看護師国家試験, 問43:看護師の守秘義務について
さて
本稿は昨日取り上げた「近藤誠問題(死者に対する医師の守秘義務はあるか)」についての補遺である。昨日の記事をまだお読みでない方は是非ご一読頂きたい。
近藤誠問題について取り上げた、祭谷一斗さん(@maturiya_itto)のnoteが公開されている。患者の死後も守秘義務が継続する根拠として、第93回看護師国家試験の問題とその模範回答が引用されている。
引用されている国家試験問題と回答がこちら。
【問題】 看護師の守秘義務で正しいのはどれか。(保健師助産師看護師法)
正解 3
患者の死亡により消滅する。
>患者が死亡しても守秘義務は継続する.事例検討であれば課せられない。
>正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。事例検討は正当な理由には当たらない。退職した後にも継続する。
>退職後または看護師等でなくなった後も守秘義務は継続する。仮に守らなくても刑罰はない。
>6か月以下の懲役又は10万円以下の罰金である。
引用されているのは平成16年に実施された第93回看護師国家試験で出題された問題。引用元はNステ.comという、看護学生・看護師向けポータルサイトである。
看護師の守秘義務について取り上げた設問で、問題には(保健師助産師看護師法)と、法令に基づく出題であることが示されている(以下看護師法と称する)。
祭谷氏のnoteではこの過去問と模範解答を、患者の死後も守秘義務が継続することの法的論拠としている。
看護師国家試験の解説
— 祭谷一斗 (@maturiya_itto) 2015年10月9日
・患者が死亡しても守秘義務は継続
・正当な理由なく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。事例検討は正当な理由には当たらない
・退職した後にも継続/退職後または看護師等でなくなった後も守秘義務は継続
・6か月以下の懲役又は10万円以下の罰金
患者の死亡とともに法的な守秘義務は消失する
ところが昨日の記事でも示した通り、日本の法令では死亡したことによって、人(自然人)は権利の主体であることができる地位を失うので、守秘義務の保護範囲外となると考えられる。医師の場合の守秘義務は刑法第134条で規定されており、看護師の守秘義務は看護師法第42条に規定されている。いずれも同様である。
看護師法に基づく出題とすれば、看護師試験の問題は1.の選択肢も正しく、本問は正解が2つある不適切問題と考えられる。
別サイトでは(看護師法)との記載はなし
ここで同じ過去問を取り上げた別サイトを見てみよう。nurture.jpという看護師国家試験の過去問題を集積しているサイトである。
第93回看護師国家試験、午前問題の問43である。スクリーンショットを掲示する。
こちらのサイトでは、問題のあとに(看護師法)の記載はない。
(看護師法)の記載がなければ、倫理綱領(ジュネーブ宣言やリスボン宣言)に基づいて「患者の死後も守秘義務は継続する」と考えられるので、1.の選択肢は誤りと判断できる。
厚生省が公開している公式過去問では
厚生省のサイトでは、各種国家試験の過去問とその解答が公開されている。第93回看護師国家試験の過去問はこちら、解答はこちら(PDFファイルが開きます)。
問43のスクリーンショットを掲示する。
出題時には(看護師法)の記載はなかった。
ちなみに本問の正解は
3.退職した後にも継続する。
とされている。
つまり、祭谷氏の引用元となったNステ.comのサイトでは、学習者への利便を図るために(看護師法)と追記をしたのだと思われる。
倫理的には当然守秘義務は永続する
看護者の倫理綱領と題するドキュメントが日本看護協会のサイトにある。
看護者の守秘義務について記した部分を引用すると、
5.看護者は、守秘義務を遵守し、個人情報の保護に努めるとともに、これを他者と共有する場合は適切な判断のもとに行う。
とある。
患者の死後の守秘義務については明記されていないが、看護師も医療従事者として、死後の守秘義務を規定したジュネーブ宣言やリスボン宣言を遵守すべきものと思われる。
まとめ
長くなってきたのでまとめると、医師にせよ看護師にせよ職務上知り得た個人情報に対する法的・倫理的守秘義務がある。患者の死後については法的には守秘義務は消失するが、倫理的な守秘義務は永続する。
祭谷氏が引用しているサイトは、問のあとに(看護師法)との追記があるせいで余計な混乱を招いている。患者の死後も守秘義務が持続することの法的根拠として引用するには不適切な資料である。
さいごに:なぜ私がこの問題を粘着に扱うか
昨日から我ながら粘着質にこの問題を取り上げて、パソコンにかかりっきりになって色々と調べている。私が危惧しているのは、近藤誠憎しで医者クラスタの人々が必死になって近藤誠氏の発言を全否定しようとしている現状についてである。
「患者の死後も守秘義務は継続する」
と言うのは倫理的には当然のことであり、全ての医師が遵守している基本理念だと思う。
しかし、昨日から自分なりに調べて出した私の結論は、「法律的には患者の死後は守秘義務は消滅する」である(正確には、現存する患者家族や縁者についての情報が含まれる場合はその部分については守秘義務は残る)。
しかし、「法律上、亡くなった方は医師の守秘義務の対象ではなくなります」と言う近藤誠氏に対して、「それは嘘だ」と論拠もなしに医者クラスタの人々が全力で否定に回っている。自分で調べることもせずに、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに。
おそらく医学部では法律に関する講義は行われないだろうし、守秘義務についても法的にここまで突っ込んだ議論はなされていないのだろう。
Twitter上の同調圧力の中、論拠もなしに間違った論調が形成されていくのは忍びなかったし、医者クラスタの人々に法律的な議論を示したくて昨日の記事を書いたのだけど、残念ながら医者クラスタではない自分の意見はまったくリーチしませんでした。orz。
と言うわけで、懲りずに今日も近藤誠問題を取り上げたのでした。
この問題について取り上げるのはこれでおしまいにしようと思います。
では