良書300冊に忍ばせておくべき1.67%の毒書を紹介する
さて
先日はてブで話題になっていたのが紀伊国屋社長の高井昌史氏のインタビュー記事。
紀伊国屋創業者のエピソードなども含め、なかなか面白い記事だったが、一番注目を集めていたのは記事のタイトルにも引用されている以下の部分。
書籍との出会いは人生を変えます。家に良書が300冊もあれば、子どもはそのうちどれかと触れ合って、勝手に賢い子に育ちますよ。
この部分に関して個人的には総論賛成、各論反対。
賢くなるには読書は必須だが
国語力は全ての学力の基礎になるもので、そこがおろそかになると賢い人間にはなれないと思う。そして国語力を鍛える唯一の方法は読書であるから、子供のうちから多くの書籍に触れあう必要があると思っている。
しかし、「良書」300冊と言うのはどうか。
高井社長の考える300冊の良書をリストアップしてもらって、無教養な金持ち(読めもしない洋書を書架にインテリアとしてディスプレイするようなやつら)に売りつけたら良い商売になると思うけど。
「良識ある」大人が考える良書だけ読んで育ったら、純粋培養の面白みのない人間ができ上がる気がするのだ。
毒書の勧め
全うな人間になるためには多少の毒を摂取する必要があると思う。 毒になる読書、すなわち毒書だ。
親がいない隙を見計らって書斎に忍び込み、2重に陳列されている書棚の裏側に秘匿された、甘酸っぱい黴の匂いのする子供には読ませたくない本を引っ張り出してきてワクワクしながら読む。
そんな経験が必要だと思う。
良薬は口に苦く、毒は甘い。
しかし毒も薄めれば薬になるはずだ*1。
というわけで、個人的に良書300冊に忍ばせておきたい1.67%(5冊)の毒書を紹介したい。
毒書1:川端康成「眠れる美女」
本書については以前当ブログでも取り上げた。先日の記事では書かなかったが、これぞまさしく自分の「毒書体験」の原点になった本で、家の書棚の奥にあったのをみつけてきて読んだのだった。
もう男でなくなってしまった老人たちが訪れて睡眠薬で眠らせられたきむすめと添い寝をする、「眠れる美女の家」が舞台となった小説。
主人公の江口老人は、友人より紹介されて「眠れる美女の家」を訪れるのであるが、友人の予想に反して実はまだ「男でなくなって」はいない。
そんな江口老人が、6人の娘たちと添い寝をしながら過去に交わりのあった女たちとの思い出を想起すると言うストーリー構成である。男と女、性の悲しい悦びを描いた作品。
毒書2:夢野久作「ドグラ・マグラ」
小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、中井 英夫「虚無への供物」とともに三大奇書に挙げられる作品。「黒死館」は未読。
「ドクラ・マグラ」は読むと発狂すると言われている作品。自分は確か高校生の時に読んだけど、別に発狂しなかったな。
九州大学医学部が舞台の一つになっているけど、九大は後に米軍捕虜の生体解剖事件なども起こしていて、自分の中では恐ろしい場所なんだと言う印象を植え付けられた。
ちなみに角川文庫版の表紙イラストを描いているのは、俳優の米倉斉加年である。
毒書3:沼正三「家畜人ヤプー」
これも高校生の時に読んだ。奇書として有名な作品。SMというよりは純粋マゾ小説。
白色人種が支配する未来世界の生活を描いているのだけど、その世界では日本人は「家畜人ヤプー」として家畜同然というか、あるいは時に人間家具であったり、時に人間便器であったりとさまざまに活用されていると言うお話。
家畜人の活用法の描写が微に入り細に入り、破綻なく描かれているあたり、筆者の妄想力の逞しさに感嘆する。
究極のユートピア(決してディストピアではない)小説だと思う。
毒書4:江戸川乱歩「人間椅子」
便宜上「人間椅子」を取り上げたが、江戸川乱歩の特に初期の短編にはエロ・グロがつまっていて極上の毒書体験を保証できる。
江戸川乱歩は今年没後50年で年末には著作権が切れるので、来年以降青空文庫にデータが続々アップされるものと思うのだけど、ここはやはり実際の書籍を手に取って読んでもらいたい。
なかでも特に春陽堂の江戸川乱歩文庫を強くお薦めしたい。このシリーズは多賀新のグロテスクな表紙の版画が素晴らしい。一時は全巻取り揃えていたはずだが、いつの間にか霧散し今は「屋根裏の散歩者」が手元にあるだけとなってしまった。
毒書5:ジョルジュ・バタイユ「眼球譚」
これも高校生の時に読んだ(どんな高校生だ)。学校の図書館に、「G・バタイユ伝」の上下が置いてあって、それを読んだのも懐かしい思い出だ。
バタイユはフランスの思想家・作家だが、「死とエロス」を生涯のテーマとして追い求めていた。彼の書いた小説作品が「眼球譚」。エロとグロが詰まっています。
バタイユのbotのつぶやきを以下に引用しておく。雰囲気が分かって頂けることと思う。
少女(シモーヌ)が裸になると、私は血の色をした彼女の泡立つ肉体の中に私の真っ赤な陽物を押し込んだ。それが愛の洞窟に侵入する一方、私は夢中で肛門をいじくり、同時に私達の唇の激昂が混ざり合うのだった。『眼球譚』
— ジョルジュ・バタイユ (@G_Bataille_jp) 2015, 8月 21
「お皿は、お尻を乗っけるためにあるのよ」シモーヌが言い出した。『眼球譚』
— ジョルジュ・バタイユ (@G_Bataille_jp) 2015, 8月 17
まとめ
良書のみならず毒書も人間形成には必要。まぁ紀伊国屋の高井社長ともなればそんなことは百も承知だと思うけど。
ところで、毒書について調べていたら、そのものずばり「毒書案内」という本があることを知った。仏文学者で現東大副学長の石井洋二郎氏の著作。
35冊の「毒書」が紹介されていたけど、内容が自分のセレクションと○かぶりでちょっと萎えた。11/35冊は読んでいたので、残りの本も気になるところ。
読書家のみなさんの毒書選も見たいものである。
では
*1:こんな書き方をするとホメオパシーみたいだけども